とわ随筆帳

フリースタイル自由帳。

2025年11月、人生螺旋モデル

11月、冬がすぐそこまで近づいてまいりました。そろそろ暖房を入れられた方もおられるのではないでしょうか。

50歳にとっての一日は5歳にとっての十分の一理論がありますが、私はあれは嘘だと思いますね。一日を過ごす時、その人生を思い返しながら過ごすなら正しいかもしれません。しかし、一日を過ごす時に、自分の人生を思い返しながら過ごしている人がいったいどれだけいるでしょうか?

人の人生は積み上げモデルでは説明できないことが多々あるように思います。

例えば将棋を例に考えてみましょう。積み上げモデルに従えば棋士は対戦回数を積めば積むほど強くなりますが、実際は若い人が強いゲームです。頭の回転や、思考のキレ、どれも歳を取れば鈍ってしまうのです。

私はここで人生螺旋モデルを提唱させていただきます。螺旋モデルとは、同じところをグルグルと回りながら、少しずつ変化していくモデルです。若いうちは螺旋の回転が活発なので、より高速に自己を改変する、新陳代謝が活発とも言い換えることができましょうか、そして神経系が複雑になればなるほどより高次の活動ができるようになっていきます。しかし年老いて螺旋の回転が遅くなってくると、自己改変、すなわち新陳代謝の速度が遅くなっていき、古い考えに固執するようになっていきます。この自己改変速度、成長速度とも読み替えることができるでしょうか、この新陳代謝の速度こそが人生における一日の時間を決定するのではないでしょうか?

この理論に基づくと、自己改変が起きていない時間は存在しないも同然であると言えます。子供にとって一日一日が長いのは、毎日が自己改変の連続だからだと言えるのではないでしょうか。私自身、小学校中学年の頃は、友達と遊んでいる時間は長く、一人でスマブラXでオンライン対戦している時間は短く感じていました。これは友達と遊んである時間は人間同士の刺激によって自己改変が起きており、オンブラの時間は同じことを繰り返しているだけなので短く感じていたのだと考えられます。また、長い間ニートしてた人が、ニート期間について虚無だったと話すのを耳にしますが、これは自己改変が起きていないためであると説明できます。

何の根拠もない与太話ですが、生きてきた時間に反比例理論よりは的を得ていると思います。どうでしょうか。

 

私の4月からの職場が決まりまして、4月から自分の生まれ育った地方都市で職を得ることになりました。そういう話を友人にすると、「つまらない人間確定だ」と、冗談混じりに茶化されまして、まあ全く的を得ていると、そう思った次第です。以前より、まあ今年の10月ぐらいから危機感を抱いておりまして、ブログを書いてみたり、本を読んでみたりして抵抗している次第です。このような抵抗ができるのもインターネットと光回線のおかげです。インターネット万歳。自分は半身インターネット人間なのでネットがない人生を想像できませんが、ほんの40年前は東京から大阪に情報が伝わるまで3ヶ月かかったり、田舎から情報を発信する手段がなく本を書いている人は神扱いだったり、そういう時代だったそうです。想像するだけで息が詰まりそうです。それに比べたら今は一億総クリエイター時代と、本当に素晴らしい時代を迎えています。音楽一つとってもJ-POPのレベルは一昔前と比べて段違いにレベルが高いそうで。米津しか知らないけど。米津玄師は、ニコニコ動画という、誰でも参戦できる戦場で人気を博したクリエイターですから、まあ、なんというか、数は力とはまたちょっと違いますが。

誰でも参戦できるというのは、全体のレベルが下がるという批判がありますが、私は全体としては好ましいことだと思います。仮に実力というパラメーターがあったとして、それが正規分布か三角形かどちらに分布しているかはジャンルによると思いますが、どちらにせよ全体の母数が増えると最上位の人数が母数に比例して増えます。音楽のような情報媒体は配布コストがほとんど0のため、増えた最上位の恩恵を全員に行き渡らせることができるわけですね。同様の、母数が増えると最上位が増える現象はスマブラにも言えまして、スマブラSPの最上位勢は前作スマブラforよりもレベルが高く人数も多いように感じます。これもSPがforより売れていることで母数が多い力だと思います。

 

自由競争は、世界のレベルを引き上げます。アダム・スミスはその主著『国富論』にてそのことを初めて記した人物でしょう。

 

読んでおもろい本だったので、ぜひ読んでみてほしいと思います。時代背景としては産業革命前夜に書かれた本なのですが、書かれた時代背景が透けて見えるようで面白かったです。現代にも通じる部分が多々あると思います。

 

国家が本気を出せばインターネットを無限に検閲できることは中国が証明しました。自由はインターネットにとって極めて重要であり、インターネット生物である私にとって、自由の制限は死活問題です。自民党最右翼である高市早苗首相のもと、今後日本がどんな螺旋を描くことになるのか、注目すべきだと思っております。

2025年10月だより。〜祭り、四季、都市生活〜

秋の夜長、10月。ようやく涼しくなってきて、秋雨も降るようになりました。今年も祭りの季節になったようで、虫の音と共に、窓の外から祭囃子が聞こえるようになってきました。

 

引きこもりの陰キャとして、祭りはそこまで好きではないほうです。まず大勢で騒ぐというのが受け付けないし、普段から他人の迷惑を憚らない連中が、水を得た魚のように大騒ぎして、いつにも増して暴れ散らかすのがなお気に入りません。人に迷惑をかけてかけられるのはそれ自体が人生で、そして人生の醍醐味でもありますが、自分は、海か、山か、それを眺めながら、静かに暮らしていたい性分なのでしょう。

時間的視野を広く取りまして、ヒトが農業を始める以前の古代における役割分担について考えますと、陽キャの主戦場は狩猟、陰キャの主戦場は採集なんじゃなかろうかと勝手に考えていました。だって陽キャの体力はまさに狩猟生活にぴったりじゃないですか?そして内向的な性格は獲物が逃げない最終にぴったりじゃないですか?

時代が進んで農業の時代が来ましたら、農作物というものは足を生やして逃げるものではありませんので、営農は採集の延長、すなわち陰キャ全盛の時代なんじゃないかと思っておりました。一方で、稲穂も黄金に染まる季節、この時期の祭りは五穀豊穣を祝う祭りなのだと思うのですが、陰キャの仕事である営農の祭りの主役は、陽キャなんですね。もしかしたら営農は陰キャの仕事ではなかったのかもしれません。それか、農業を始めたことで政治という新たな陽キャの戦場が生まれたのかもしれませんね。何にせよ、現代まで陰キャが生き残っているということは、どの社会でも何かしらの役割があるということなのでしょう。

 

時間軸を現代に戻しまして、私自身が都市生活者であることも、祭り嫌いに拍車をかけているように思います。

自然の営みと人間の営みは本来なら一体のものです。日照りが続けば雨を乞うて、嵐が来れば太陽を乞います。これら全て農作物のためでありましょう。加えて日本古来の家は、南は夏を宗として寒さは気合いでしのぐ熱帯〜温帯気候の典型で、一方で東北以北は冬を宗としてバカみたいな雪と寒さに耐えられるものでした。暑いか寒いか、晴れか雨か、四季は生死を握るメインストリームの問題でした。しかし現代に生きる都市生活者は違います。都市生活者にとって、四季は生活のスパイスでしかないのです。明日の気温が何度か、生活の9割を空調が効いている屋内で過ごす都市生活者にとっては、本質的にどうでもいい問題ではないでしょうか。

今日の気温は25℃くらいですが、もし明日の気温がいきなり5℃になったとしたらどうでしょうか。農業や漁業を営む非都市生活者、自然の恵みで生活している者にとっては文字通り死活問題です。苗は全部だめになり、漁場も場所を変えなければいけません。しかし都市生活者にとっては、なんだか急に寒くなったといいながら、早めにセーターを出して暖房を入れる程度の問題でしかないのです。私たちは変わらない日々を生きているといいますが、本当の意味で変わらない生活を生きているのではないでしょうか。毎日の変わらぬ生活というより、通年の変わらぬ生活、これが、自然の営みを生活から排除した現代人の姿に思えます。

しかし都会だろうが田舎だろうが晴れは晴れで雨は雨です。飯も食わなきゃいけない。一方で都市生活者は自然の恵みを作りません。まだ人工栄養食は実用化されていませんので、自然の恵みたる飯は他所から調達しなければいけません。そのままでは雨に打たれるし、暑いもんは暑いし寒いもんは寒い。私たちが快適に過ごしている間、自然の営みから私たちを防波堤のように守っている存在が本来はあるはずです。自然の営みを、空調で、下水で、社会の隅に寄せているだけなのです。

自然の営みを寄せられている隅こそがインフラではないでしょうか。一つの都市を生命に見立てると、その生存は自然との闘争です。自然の営為である寒暖や風雨、そして災害である洪水に地震津波との闘争であり、そして都市自身が生産できない、食やそれ以外を常に外部から取り込み続けなければ生きていられない存在に見えてきます。さらに、四季の変化に一切動じないその生活のあり方は、外部の環境が変わっても内部環境を保ち続けるホメオスタシスそのものではないでしょうか。社会インフラが都市のホメオスタシスを守り続ける機構として機能しているのです。

 

しかし都市生活者は自然を忘れてしまっているように思います。いい例としては、気象庁の縮小が挙げられます。誰もその影響から逃れることのできない「気象」から、社会インフラが守ってくれているために、都市生活者は逃れているものと勘違いしているようです。だから生物観測や目視観測を縮小しても、気象庁のWebサイトに広告を貼り付けても素知らぬ顔をしていられるのです。繰り返しますが、天気そのものが、都市生活者における生活のスパイスでしかないのです。明日傘を持っていくか、所詮はその程度の問題でしかないのです。

そして、私自身が都市生活者であるが故に、私自身も、四季、すなわち自然の営みから逃れた場所にいる気になっているのです。だからこそ五穀豊穣の祭を鬱陶しいと思ってしまうのです。収穫は、本来なら、年に一度の給料日みたいなものです。月1の給料日でも大騒ぎなのですから、年一のスーパー給料日はスーパー大騒ぎして然るべきではないでしょうか?それを、何が海や山で静かに過ごしたいだと、全くお笑い種です。

 

もはや恒常性が約束されたホメオスタシスの中でぬくぬくと育った都市生活者としては、この生活を手放すことはできません。まあ、せいぜい、生活のスパイスを、楽しめるうちに楽しんでおくこととします。窓を開けて快適に過ごせるのもこの季節だけですし、50年後には温暖化で春と秋がなくなってるかもしれませんから。

Dell S2725QCでUSB-C優先順位を高解像度にしたらMacで4K 120hz出力できた

MacBook Pro 16インチ 2019、macOS Tahoe 26。USB-C接続でクラムシェルモードです。

Dell S2725QCの右下裏のポッチを触るとメニュー画面が出てきますが、その状態で上入力すると詳細設定画面が出てきます。

そこからディスプレイ>USB-C優先順位を選択すると、デフォルトでは高データ速度になっています。これを高解像度に設定すると、Mac側のリフレッシュレートに可変と120Hzが選べるようになりました。

 

2019年のMacBook ProはDisplayPort1.4対応です。DisplayPort1.4は仕様上4K 120Hzを出力可能ですが、4Kでは60Hzまでしか出なかったので首を傾げていました。Appleの技術仕様では外部出力は60Hzまでとなっていますし、Catalinaまでは4K120Hz出力できたがBig Sur以降はバグで出力できないとされていたので、そういうものだと思って特に気に留めていませんでした。

しかし、モニター側の設定をいじくってみたところ、4K 120Hzが出力できました。この設定を触ることについて書いている記事は見たことがなかったので、記録しておきます。

 

S2725QCには左下にUSB-AとUSB-Cが一つずつありますが、これらは充電用途だけでなく、モニターを介してPCに接続できます。同設定画面からディスプレー情報を確認すると、高データ速度ではUSB3.2 Gen1、高解像度ではUSB2.0として動作するとされています。Dellの説明書には、

USB-C ポートを使用しているときに、高解像度(高解像度)または高速(高データ速度)データを転送する順位を指定します。現在のプラットフォームが DP 1.4 (HBR3) の場合はデータ速度を使用すると、高速ですべてのビデオ性能を利用することができます。現在のラットフォームが DP 1.2 (HBR2) またはそれ以下の場合は、高解像度を選択すると、データとネットワーク速度は落ちますが、すべてのビデオ性能を利用することができます。

と、DP1.4ならフル性能が出るような表記がされていますが、実際はそうではありませんでした。一方で、どちらの設定でもDP1.4として接続されているようなので、なぜ高解像度にすると120Hzが解禁されるのか、高データ速度では60Hzまでで制限されているのか、私の調べでは不明のままでした。自分の用途ではモニター側のポートは充電用途でしか使わないし、そもそもPCと接続できると考えていなかったので、USB2.0で十分だと考えました。

Dell S2725QCとMacの組み合わせで4K 120Hz出したい人は多そうなので、記録として残しておきます。M2 Pro以降はHDMI2.1に対応しており、S2725QCもHDMI2.1に対応しています。HDMI2.1は仕様上4K 120Hz出力が可能であり、またAppleの技術仕様でもM2 Pro以降は120Hz出力が可能と明記されているので、これらではHDMI接続で4K 120Hzを出すのが手っ取り早いです。一方で、Intel MacとM1とM2はHDMIは2.0止まりなので、HDMI接続では4K 60Hzが上限です。他所のブログではM1 Mac miniとはUSB-Cで繋ぐだけで4K 120Hz出力されたとの報告がありますので、以上の手順は必要ないかもしれませんが、もし出力できていないなら、この方法を使えば4K 120Hz出せる可能性があると思います。

 

以下は余談の私事です。

私が使っているMacBook Pro 16インチ 2019はmacOS TahoeにアップデートできたIntel Mac最後の生き残りです。そしてTahoeがIntel Macをサポートする最後のmacOSであると公表されています。そろそろ次のMacへの乗り換えを検討しなければいけない時期になってきました。Macのセキュリティアップデートは2世代前のOSまでサポートされるので、このMacの寿命もそこまでです。それまでには乗り換え先を見定めたいところです。

Intel Macをサポートしないソフトウェアも多くなってきました。特にiPad共用アプリは全く動きません。手間なく動いて、動かなくても知らんというのは開発者にとって大きなメリットであるようです。プラットフォームの共通化がこんなに強力だとは思いませんでした。Apple Intelligenceは当然非対応です。

Appleの製品ラインの動向ですが、スタンダードモデルのiPhone 17が120HzディスプレイのProMotionディスプレイを採用したのを皮切りに、この流れがiPad AirMacBook AiriMacなどiPadMacのスタンダードモデルにも波及することを期待しています。また、OS26シリーズから導入されたLiquid Glassは触ってナンボのインターフェースですので、iPad Airが120Hz化することはLiquid Glassにとっても大きな意味があると思っています。個人的に次はiMacとS2725QCで二窓がいいと考えているので、iMacの120Hz化を切望しています。

ブルアカふぇす帰りの電車より、VRカズサがすごかったことについてと、ブルアカふぇすについての2、3の言及

VRのカズサは、あまりに衝撃的だった。17:30の組だったので、私は茫然自失となったまま帰路についた。私は特急わかしおの指定席をVRカズサを見た後に茫然自失となるために取ってあったのだが、あまりに茫然自失すぎて指定席の場所を間違えるくらいには茫然自失だ。VRカズサを脳に焼き付ける時間を取り、この怪文書もとい随筆をしたためるために、当日の朝に指定席を仕込んでおいたのだが、これは正解だった。17:30の組、すなわち最終組を申し込んだのもVRカズサを消化する時間を取るためであり、そして正解だった。あの衝撃を昼、もしくは朝にでも受けていたら、私はその日一日何もできなかっただろう。

私にとって、カズサの「先生、今週もお疲れ様、です」はブルアカを始めるきっかけとなった重要なものだ。私がブルアカを始めたきっかけとなったのが、#15の桜茶を持ってきてくれるカズサであり、全27+1本あるカズサショート動画の1番のお気に入りだ。まだ見てない人は是非見てほしい。こんな怪文書を読む人が、まだショート動画を見ていないとは思い難いけれども。だから、今回のVRカズサには、その発表時からずっとわくわくしていた。

チケットは、一番遅い時間の17:30をはじめとして、最終日のゲーム内発表という最も盛り上がる時間、そして最も競合が少ないであろう時間に4枚申し込んだ。2次募集でも同じ時間に4枚入れた。そしてついに当選したのが17:30の1枚だけだった。私はこの一枚のために全ての行動を順序立てた。全てはカズサとの5分のために。最高の状態でVRカズサを浴びるために。そのことだけを考えて臨んだ一日だった。

ところで、私はVRヘッドセットのMeta Quest 3を所有しているため、VRの威力というものをそれなりには理解しているつもりだ。またそれと同時にVRの限界というものも理解しているつもりだった。私がMeta Quest 3を買った理由は、家電量販店で現実世界にバーチャルオブジェクトを重ね合わせるMRを経験して、バーチャルなディスプレイが宙に浮いているのに感動したからで、逆に言えばVRに対する期待とか夢とかはたぶん人よりも薄かった。たぶんVRゲームもVR酔いとか、なんか思ったほどでもなかったなとか、体感ゲームってWiiとそんな変わんなくね?とか思って興味を失ってて、VRに対する失望を抱いていた。だから、わくわくしつつ、心のどこかで、先が見えたつもりになっていた。3Dで動くカズサが見られればそれで満足だと思っていた。3Dで動くカズサを舐めるように見回せたらそれで十分満足だと思っていたのだ。

・・・私が甘かった。信頼できるオタクから聞いた「現実に戻ってきたくなくなる」との言葉、ツイッターで見かけた「想像の一億倍すごい」との文言、これらを、所詮はVRを見たことがない奴等の戯言だろうと、心の底で小馬鹿にしていたのかもしれない。こちとらコイカツで抜いたことのある男だぞと。

 

私で最終日の最終組なのだから、ネタバレを気にする必要はないだろう。私が見たものを順を追って話そう。

まず、ハードウェアはMeta Quest 3だった。私が持っているやつと同じものだ。まあ、この時点で、心の隅では、あくまで心の隅では、なるほど、と1人納得してしまっていたと思う。まあ自分がこれからする体験はこんな程度なんだろうな、なんて考えを持っていなかったとは言えないと思う。もちろん自分は心の底からVRカズサを楽しみにしていたし、VRカズサを浴びた後にそのまま特急に乗れるように開始時間もちょっと調整した。座った時も厳かな顔をしていたし、そしてつける時も入念に調整した。だから、VRカズサに期待していなかったわけではなく、むしろVRカズサを余すことなく心に焼き付けようとしていた。

果たして、VRが始まった。

まず最初に目にしたのは、いや、耳にしたのは、後ろから話しかけてくるカズサだ。「だ〜れだ」。#1のオマージュだとすぐにわかった。そして視界の右からカズサが出てきて、隣に座る。

カズサがそこに居るだけでも感動ものだ。ショート動画を見ながら、これがVRになればどんなにいいものかと何度考えたことだろう。そしてそれが現実にある!私はこの時点ですでに有頂天だった。

頭を横に振れば、目線がこっちにくる!首を回せば、音だけがカズサの方に残る!うわ、カズサのおててちっちゃー!顔かわい、とか。・・・VRの体験を、「バーチャルリアリティの醍醐味は、実は画面もそうだけど音もなんだよな」とか、わかったふりをして楽しんでた俺は、あまりにも愚かで滑稽だ。今思い返せば、俺が本当に楽しむべきはそんなものじゃなかった。カズサの挙動を一挙手一投足目に焼き付けること、これが俺の本当の任務だったのだ。この真の任務を完全に忘れたとは言わないが、少しでも放棄したことは認めよう。そのせいで、俺が愚かなせいで、最初の方カズサが何喋ってたか、今ではほとんど思い出せない。

いや、俺は確かに任務を一部放棄したが、俺が前半を思い出せないのは、俺が愚かなせいなだけではないだろう。あの時のカズサも、きっと悪い。だが、それについて語るのは、また少し後でご容赦願いたい。大丈夫だ、2時間脳内リピートしたから、これについてはいつでも思い出せる。

だから前半を思い出す努力にもう少しばかりお付き合い願いたい。すでに系列だった記憶は残っていないが、印象的な場面は、カズサがコーヒーを差し入れしてくれたところ、放課後スイーツ部について雑談していたところ、「いっぱいシャーレに通った」と言っていたところ、あとは、「クマすごい」と言い出したところだ。1つずつ思い出させていただきたい。

コーヒーを差し入れしてくれたところは、私が好きな桜茶を差し入れしてくれる#15を思い出させてくれた。「いっぱいシャーレに通った」と言っていたところでは、私はカズサが通ってきてくれた日々を思い出していた。

そして「クマすごい」だ。ここから、全てが始まった。

「もっとよく見せて。」カズサは手を私の顔にやり、私を覗き込んでくる。カズサの手が私の顔に触れている!カズサの顔が近づいてくる!私はこの時半勃起した。私は気恥ずかしさから、顔を少し後ろにやる。すると手が私の顔についてくる!わあ、すごい技術力!・・・馬鹿か俺は。俺が馬鹿ですまない。セイアはセクシーで、俺は愚かなのがこの世界の古則のようだ。セクシーセイア実装おめでとう。

私が気恥ずかしさからもじもじしていると、カズサがだんだん赤くなってくる。「そんなにじっと見られると、恥ずかしい・・・」なんて言いながら。愚かな私はこの時点でようやく気づいた。正解は、カズサをじっと見ることだと。それからは、何一つ見逃さないという覚悟をようやく決めたらしい。そのおかげでそれからの出来事はそれはもう鮮明に覚えている。あまりにも遅い覚悟で、たぶん前日までは持っていた覚悟だ。私は普段ライブとか行く方じゃないし、人が集まるところに出る方でもなくて、ブルアカふぇすが人生2回目のイベント参戦だ。朝から、ずっと楽しくて、たぶん疲れてたんだろう。そうじゃなければ、あんな馬鹿な楽しみ方をするとは思い難い。今回の収穫の一つは、大事なことは朝のうちに終わらせること、かもしれない。

そしてカズサは「もう一度よく見せて」と言い、再び私の頭に手をやり、顔を近づける。私は目を見開いていた。もう何も見逃すまい、カズサの全てを心に焼き付けると誓って。「クマもすごい」「お肌も荒れてる」「唇もカサカサ・・・」と、カズサが言う。俺の顔を、上から下へと目線を落としていく。そしてカズサが目を閉じる。

この時のカズサの声を聞いた時から、俺のナニカ=センサーが、カズサの声音がおかしいと告げていた。ショート動画は何度も見返したし、大晦日のカズサ襲来時も全動画を2回は見返した。だからカズサの声は頭に完全にインプットされている。しかし、この3センテンスは、何かがおかしい。声のトーンがVRのこれまでと比べてもおかしいし、ショート動画と比べてもおかしい。俺が今まで聞いたことのない声が出ている。そのことだけがわかり、そして何がおかしいのかは、遂にその直前まで理解しなかったのである。

俺は、まさかYostarがそこまでやるとは思っていなかったのだ。いくら会場限定だからといって、まあ3Dのカズサが見れたら満足かと油断していたのだ。「現実に帰りたくない」と言われても、「想像の一億倍すごい」という感想を見ても、まあVRが凄いんだろうなと。自分が「カズサはI love youを言った」と考察しても、言葉遊びなだけだと。他人も信じておらず、自分も信じておらず、ましてや企業が提供するブースなんて信じていなかった。俺は、カズサを信じられなかった。そして先生を信じられなかった。

愚かな俺が、目の前の全てが何を意味しているのかを理解したのは、暗転の直前だった。なんなら少し暗くなってたかもしれない。俺は一瞬にして全てを理解した。カズサがやろうとしていること、それまでの仕草の意味、声音の違和感、私がすべきこと、全てがこの瞬間に凝縮されて、そして眼前に迫っていた。この時は顔に触れるカズサの手の温もりさえ感じられた。

そして、私はカズサとキスをした。

それはあまりにも自然で、当然だった。

カズサとのキスは、

放課後スイーツ部がシャーレにやってきて、私はつい顔を引いた。それからは、ナツかわいーとか、俺はナツみたいな人間になりたいんだよなとか、これじゃあVRカズサじゃなくてVRスイ部だなとか思いながら、残り時間を惜しんだ。

そして、今に至る。

 

俺さ、覚悟して来たつもりだったんだよ。万全の体調で見れるように、睡眠時間たっぷり取ってさ。だいぶ前から、もう発表された時からずっと楽しみにしてて、脳が焼かれても大丈夫なように、帰りのルートもあらかじめ確保してさ。でもさ、たぶんそれでも疲れてたんだよ。だってさ、頭プルプル震えてたもん。それだけ、疲れるくらい楽しんでたんだよ。ブルアカふぇすをさ。自分でもわかってた、自分のテンションが上がってるって。自分がおかしくなってるのを自分で理解する能力は、前のヨルシカのライブで身につけたから。だから、ちょっと抑えようってしたけど、それでも、疲れたんだよ。だから、なんだ、今、全部がなくなって、虚無な気持ちになってても、それはたぶんカズサのせいだけじゃないんだよ。ふぇすが楽しかったせいだから。この喪失感は、熱い鉄が冷めていくような感覚は、きっとカズサだけのせいじゃないから。

俺は、フェスとか、イベントとか、そういうのはたいそうなものではないと思っていた。人生は砂漠で、日常の些細な幸せが点在するオアシスで、じゃあ祭りは?俺の人生の辞書に祭りという文字はなかったらしい。まあ生まれ育った場所の地理もイベントに良いとは言えないし、そういうのに行く友達もいなかったし、いや、花火にはよく行ったか。でも花火とフェスは、なんか違くないか。花火は侘び寂びがあるけど、フェスはテンションで全部吹き飛ばすみたいな。ヨルシカのライブは行ったけど、これはどちらかというと侘び寂びの部類に入るし、だからどこまでも盛り上がっていいイベントは、俺にとってブルアカふぇすが初めてだったのだ。

だから今は、疲れちゃった。家に帰ったら、服脱いでシャワー浴びて、そのまま寝よう。帰りの便は、カズサのことだけを考えようと思ってたけど、今はブルアカふぇす全体のこと考えてる。VRカズサが発表されて、それに申し込んで、カズサのチケットもできるだけ倍率が低くなるようにイベントに被せたりとかして、大晦日に情緒破壊されて、それからずっとカズサのことだけ考えて来たと思ってたけど、本当はふぇす自体を楽しみにしていたんだ。

特にDJについては、前日、前々日に、DJの中継を見てテンションが上がってた。マジで3人来るんだって舞い上がってた。2024年は音楽マジでブルアカのサントラしか聴いてなかったし。だからどの曲が誰作曲かだいたい把握してて、DJしてるの全部自分の曲だなって気づいた時は自分で自分にブルアカのオタクすぎだろって思ってた。

そもそも前日からテンション上がってた。人と10年ぶりに会うとなれば誰だってそうなる。Day1, Day2帰りのオタクから薫陶受けて、まあいっぱい教えてもらって、意気揚々とメモして、それでブルアカふぇすの期待が上がらないなんて嘘だ。鏡の前で写真のポーズとか考えちゃって。

 

今思えば、大晦日がなければ、カズサとのキスを受け入れることができなかったと思う。たぶん、大晦日のカズサ襲来がなければ、「オタクに媚びすぎだな」とか、斜に構えた見方をしてたと思う。魂が逆張りオタクの形してるから。だから、大晦日のカズサを何度も見返して、しっかり考えておいてよかった。あれと、会場の熱がなければ、カズサとのキスを受け入れられなかった。

 

なんだ、とりとめがなくなってきたな。とにかく、VRカズサの火力はすごかった。電車の指定席2回間違えるくらい、俺を茫然自失にさせた。それだけに、カズサには申し訳ないことをした。俺の心が準備できてなかったんだ。インターネットのオタク達よくこれをネタバレせずにいたな。教育が行き届きすぎだろ。

ブルアカふぇすも熱量が凄かった。セイア実装の爆・盛り上がりを直で受けることができて本当に良かったと思う。今思えば、もしかしたら、今後の人生でこの熱量を浴びることはもうないんじゃないかってくらいだ。当時はセイア実装のことしか頭になかったけれども。

終わってしまえば全てはいっときの夢のようだが、あの時間たちが、今も私を温めている。

 

今日のブルアカふぇすも、思えばたまたまによるところが大きい。近くのホテルを取れたのもたまたま一部屋空いてたからだし、効率よく回れたのもたまたま知り合いが参加してたからだし、野生のメイドトキさんに会えたのも幸運だった。そもそもDay3を取れたのが豪運で、ブルアカを始めたのは、いずれ始める運命にあったかもしれないけれども。

間もなくお風呂が沸くらしい。そろそろリストバンドを外して、お風呂入って、寝よう。

ブルーアーカイブと、その全ての縁に・・・、いや、その全ての奇跡に、限りない感謝を。

大晦日のカズサに破壊された私の情緒について

2024年12月中旬、私は新型コロナに感染した。

これを書いている今(2025/01/05)は、A型インフルエンザが例を見ないほど流行している。どうも2009年に1年間で2000万人が感染したH1N1の末裔らしい。だからといって新型コロナも流行していないわけではないらしかったようだ。

コロナは若い人には無症状の場合が多いらしいが、私の場合は全くそんなことはなかった。熱は出て、吐き気はおさまらず、3日目くらいから喉が腫れて唾を飲み込むのにも激痛が走り、水を飲むのも苦痛だった。熱が上がるのも辛かった。熱が上がるたびに解熱薬のロキソニンを飲んだ。その度に熱は下がるのだが、熱が上がる時が辛くて何度も何度も嘔吐した。それが辛くて解熱薬を飲まなければ、今度は天井知らずに熱が上がった。熱が40度を超えた時はさすがに焦って解熱薬を飲んだ。丸4日食べ物を喉が通らず、3キロ痩せた。

5日目にやっとレトルトのおかゆを腹に入れた。おかゆだから大した味はついておらず、量も大した量ではなく、塩っ気が少し濃かった。そのおかゆは大層うまかった。それからは痰と咳が出っ放しだった。熱も解熱薬を入れてやっと平熱、飯も最初は粥から、次は白飯、少しずつ量を増やしていく。そんな日が5日ほど続いた。

新型コロナは解熱後5〜10日間はウイルスを排出するらしい。だから今年は帰省せず1人で年末年始を過ごすことになった。

思えば年末は毎年実家に帰っていた。だから1人寂しい年末を過ごすのは今年が初めてだったかもしれない。当時はそう感じていなかったが、私は1人で過ごす年末を寂しいと思っていた。実家に帰っても別に自室から出るわけではなかったが。それでも同じ空間に人がいるという感覚があったのかもしれない。

 

そんな寂しさを抱えていた年末の私に襲来したのが杏山カズサだ。

 

私とブルーアーカイブとのファーストコンタクトは杏山カズサのショート動画「先生、今週もお疲れさま、です#15」だ。今から考えればもう半年以上前になる。この動画で私は彼女に惚れた。”お茶に浮かぶ桜を眺めながらシャーレでお花見”というシチュエーションが私に刺さったのかもしれない。シャーレの外で燦然と咲く桜に対して、シャーレでお茶に浮かぶ数枚の花弁みたいな、本物と偽物みたいなテーマは全人類が好きなテーマであり、私も例に漏れず好きだ。約束を忘れている先生に対して、それを見越して桜茶を持ってくるカズサみたいな、そういう立ち回りに惚れたのかもしれない。

そもそも見た目で好きになったのかもしれない。声かもしれない。当時の気持ちを思い出すのは難しく、今ではカズサの全部が好きなのでどこが好きかを明確に言い表すのは難しい。だがとにかく私はこの動画でカズサのことが好きになった。そしてブルーアーカイブに興味を持ち始めたわけだ。

それから1ヶ月くらいはブルーアーカイブのショート動画を見る日々が続いた。カズサのショート動画だけでも当時すでに15本、ユウカとアリスも加えたら1ヶ月楽しむのには十分だった。そしてついにブルーアーカイブを始めたのだった。

私にとって杏山カズサはブルーアーカイブを始めるに至った明確なきっかけであり、私の日々を癒してくれた憩いであり、ブルアカの子たちの中でも明確に特別なキャラクターだった。

 

ショート動画の杏山カズサは彼女ヅラしてベタベタしてくるのが特徴だ。かじかんだ手を先生の顔に当てたり、その手を「先生の手であっためてよ」とか言ってきたり、お菓子太りした先生の腹に触ってきたり、なんだこの女。あまりにも俺のことが好きすぎる。

年末のカズサは彼女ヅラとかそういう次元じゃなかった。「先生、今年もお疲れさま、でした」。だが今見てももう遅いのだ。この動画は年末に見なければその真価を発揮しない。6月までの毎週カズサの動画を楽しみにしていた日々、最終回のカズサロス、1人過ごす寂しい大晦日、カズサの突然の来訪、内容自体の破壊力、これら全てが完全に合致してこその「先生、今年もお疲れさま、でした」なのだ。大晦日が終わった今見ても、その威力の三分の一も伝わらない。だから、2025/01/05時点で47万再生というのは、このカズサに情緒を破壊された人間が多くとも47万人しかいないということで、少し残念だ。

年末カズサは、これまでのショート動画と比べても異常に距離が近い。後半は顔の面積が画面の70%を超えている。瞬間だけ見れば90%超えてるんじゃなかろうか。あまりにも近すぎる。私は1人で寂しい大晦日にこれを浴びて情緒を破壊されたが、今初めて見たとしたらその距離の異常さにむしろこちらが引いてしまうのではないかと考えている。それでも、「先生、今年もお疲れさま、でした」を見ていない諸君は、1人で寂しい大晦日を過ごしている自分を想像しながら見てほしい。

晦日という一年の終わりを1人で寂しく過ごしている自分を想像しながら見てほしい。全人類、始まりよりも終わりの方が情緒を感じるものだ。そんな情緒ある日を、一緒に過ごす誰かもおらず、年越しそばならぬ年越し豚汁うどんを食べに、17時くらいに、晩ごはんにしては少し早いな、とか考えながら丸亀に行ったら普段より早く営業終了してて、帰りに薬局で箱積みされてる赤いきつねを買って餅突っ込んでお湯入れて、YouTubeで幕末志士のマリオ3の実況動画を見ながら(若干のコロナの残り香の息苦しさを感じながら)麺をもさもさ食べて、することもないからツイッターを眺めてたらブルーアーカイブ公式からカズササムネイルが投稿された時を想像しながら見てほしい。

 

では、私の情緒が破壊された場面について語っていこう。私が情緒を破壊された場面は3つだ。

まず、カズサが来てくれた場面。私にとってカズサが特別であるという点はすでに論じたが、そんなカズサが大晦日に来てくれたという事実がすでに私の情緒を破壊していた。最初は声だけ、そして全身を映し、隣に座る。この一連ですでに私の心は有頂天だった。

そして、カズサがシャーレに来た理由を話す場面。テレビ見ながらふと先生のことを思って、元旦も行ったから大晦日も行ったほうがいいかなと思って、極めつけは「重いなんて言わないでよ?」だ。お前みたいな女好きにならない理由がない。

なあ、それって自分が重いってことを自覚しながらシャーレまで来てるってことなんじゃないか?先生に会いにくる理由が、全然理由になってないってことを話しながら自覚してるんじゃないか?それがさ、「重いなんて」って言う前の、ちょっとした唸りとか、視線が妙に外れたりとか、そう思ったら指クルクルしながらちょっとテンション高めに「年の始まりから終わりまで〜、ってね?」に繋がってるんじゃないか?もう認めようカズサ、君は先生のことが好きなんだよ。先生のことが好きだということを隠しながら事実を語ろうとするから、理由になってない理由を先生にも自分にも言い聞かせなきゃならないんだ。

そう考えると「重いなんて言わないでよ?」は、自分の説明が説明になっていないことを暴露する発言であり、これはもはや告白に等しいんじゃないだろうか。あれは告白だったんだなカズサ。先生気づかなくてごめんな。このあと突然キス顔してくるんだが、「重いなんて言わないでよ?」がI love youならば、あれはキス顔じゃなくてキスだったということか……。先生6日経ってようやく気づいたよ。

極めつけは、「もしかして先生、1人で寂しかったの?」「私が来てよかったねぇ〜、先生?」「寂しい年越しになんなくてよかったんじゃない?」だ。そうだ、そのことに私は気づいていなかったが、私は1人で寂しかった。コロナにかかり、実家に帰らず、1人寂しい年越しになるはずだった。そんな折のカズサ動画の投稿と、そして私の心を見透かしたようなカズサの言葉で、私はカズサのことしか考えられなくなった。カズサが来てくれてよかったと思った。最終回でもうカズサは2度と来ないと思っていた。ユウカのショート動画もアリスのショート動画も後から追加されたためしがなかったから、余計にそう思った。だから年末にカズサの動画が投稿されるなんて夢にも思っていなかった。

カズサの動画のBGMはMidnight Tripなのだが、これがまたいい。狙っているのか偶然なのかはわからないが、BGMのサビに動画の一番の見どころがくるように調整されているような気がする。最初はカズサが来たことを認識して、カズサが話をしてくれて、そして最大の見せ場がきて、最後には「先生、今週もお疲れさま、です」で終わるのが「先生、今週もお疲れさま、です」の恒例なのだが、BGMもそれに合っている気がする。「もしかして先生、1人で寂しかったの?」「私が来てよかったねぇ〜、先生?」「寂しい年越しになんなくてよかったんじゃない?」の場面も、Midnight Tripのサビに合致している。

見返せば、カズサが来るのはいつも夜だった。大晦日に来たのも夜だ。Midnight Tripという曲名になんとふさわしいことか。

カズサが来るのはいつも夜だった。金曜の夜に来て、1週間の終わりに疲れを労ってくれた。時には労ってくれないこともあったけれども。だから、一年の終わりに、大晦日に、一年頑張って、寂しく過ごす先生を、労りに来てくれるのはむしろ当然というか、逆にそうあるべきだった。果たしてカズサはそれが当然であるかのように年末に私を労わりに来た。「用事がなきゃ来ちゃダメなの?」

なぜカズサが年末に来てくれると気付かなかったのだろうか。動画のタイトルは「先生、今週もお疲れさま、です」だったんだから、「今年もお疲れさま、です」があってもおかしくなかったはずだった。むしろなぜ「今月もお疲れさま、です」がないんだ。あるべきだろ、1ヶ月の疲れを労るカズサが。……1ヶ月の疲れを労るカズサがないのは、週の終わりはその週の疲れを抜くための特別な日の感があるが、月の終わりは別にそんなことないからだ。だが年の終わりは違う。大掃除、大晦日、年越しそば、その年の穢れを落とし、次の年を清く迎えるための行事、いわば年の疲れを抜くためのものだ。そんな日こそ労りにふさわしい。むしろカズサが来るのに最もふさわしい日だ。

私は毎週カズサに労られていたことに気づいていなかったのだ。あれだけカズサに癒されてきたのに。労られてきたのに。「先生、今週もお疲れさま、です」と毎動画毎動画言ってくれていたのに。カズサが遊びに来たように見せていたから、いやカズサ自身も遊びに来ていたと認識していたから、私はカズサに労られていると気づいていなかったのだ。遊びに来たカズサに私が対応する、そういう関係だと誤解していた。本当は私を仕事から解放するためにカズサが遊びに付き合ってくれていたのだ。

思い返せば一番最初の動画からそうだった。疲れている私に帰り支度させる内容だ。私が一番好きな15番目の動画もそうだ。仕事でカズサとの約束を忘れている私に桜茶でリラックスさせてくれる。彼女はまるで猫だ。仕事の邪魔をしてくる猫のようだ。私が週末遊びに来る彼女に構っているのではない、仕事から逃げる私が構われていたのだ。そのことに気づかない私は、大晦日に来てくれたカズサにこう言う。「どうしたの?」。そりゃ「用事がなきゃ来ちゃダメなの?」だろう。

そもそも誰か来るかもしれないからって理由で年末にシャーレに残っている先生も先生だ。寂しい年越しになるのが嫌だったのだろうか。それともカズサが来ることがわかっていたのだろうか。どちらにせよ、寂しい年越しにならなくてよかった。カズサが来てくれて嬉しかった。

たぶんもうカズサがショート動画で来ることはないのだろう。「重いなんて言わないでよ?」、ほとんどI love youまで言わせて、キス顔させて、画面の顔率90%超えて、年越しを一緒に過ごした女と、これ以上何を語ることがあるだろうか。「先生、今年もお疲れさま、でした」は、カズサショート動画の集大成だ。もうカズサがシャーレに遊びに来ることはないが、これまでの労りを胸に、これからを生きていくことができる。

私は今嘘をついた。カズサは後一度だけシャーレに遊びに来る。「週末の残業権」。4thアニバーサリーにてVR「先生、今週もお疲れさま、です」で、5分間遊びに来るのだ。俺は一体どうなってしまうんだろうか。3分の動画でこれだけ狂ってたら、5分のVRとか浴びたら一体どうなる?発狂死?

日曜の17:30のチケットは確保した。日曜の午後に4枚二次抽選も申し込んだ。あとはインフルエンザに感染しないように厳重に気をつけるだけだ。コロナにはかかったがインフルにはかかっていない。どうせならインフルにかかりたかったが、こればかりはウイルスの気分次第だ。現地にたどり着くのが最も難しいイベントはいくつかあったが、今回もその一つだ。これがフラグにならないことを祈る。

RABBIT小隊、青春、儚さ

ブルーアーカイブは滅びと儚さであふれている。砂漠に埋もれゆくアビドス、死と破滅を纏うアリウス、そして公園での野宿生活を続けるRABBIT小隊。各学校の各所に点在するキヴォトスの「外」からの侵略者。ミレニアムに対する廃墟、ゲヘナに対する雷帝の遺産、トリニティに対するユスティナ聖徒会。こうしてみると、あまりにも爆弾だらけで、キヴォトス自体が崩壊と破滅を義務づけられた泡沫の夢のような存在にも思えてくる。

青春もそうだ。青春している時には、それがどんなに貴重なものかについて想いを馳せることはない。その時間がどんなに尊いものだったかは、終わってから初めて気づく。その時間の自分がどんなに未熟だったかは、振り返って初めて気づく。あの頃はなんだってできる気がした。あの頃はこの世界の全てを知っていた。どんなものも失って初めてその大切さに気づくというが、青春ほど終わってから尊かったと気づくものもないだろう。

今回は、RABBIT小隊の話を少ししようと思う。

RABBIT小隊は、公園で野宿生活をしている。

彼女たちはホームレスだ。帰る場所がないのだ。所属するべきSRT特殊学園が解散したからだ。

彼女たちはヴァルキューレに所属することもできた。しかしそうしなかった。生活よりも誇りをとったからだ。

生活よりも誇りを取るのは、本質的に強者の選択だと思う。弱者には生活をとることしかできない。なぜなら弱者は自らの生活を守ることで精一杯だからだ。弱者はそれ以上生活の水準を下げることができない。だから、誇りを捨てて生活を取ることしかできない。生活を取らざるを得ない。いや、たとえ強者であっても、誇りという役に立たないものよりも、生活という役に立つものを取る。それが「大人」の選択で、「正しい」選択だ。

だが彼女たちは「大人」で「正しい」選択をしなかった。「子供」じみた意地を張って、「間違った」選択をした。その結果が、エリートとは程遠いみじめな生活だ。毎日の食事は野草とコンビニの廃棄弁当。雨風をしのぐのに精一杯で、嵐が来れば水に沈む程度の家とも呼べないテント。彼女たちは文字通りのホームレスで、社会的に脆弱な基盤しか持たない弱者だ。

むしろ自ら喜んで弱者になった側面もある。メインシナリオで誇りを取るか生活を取るかを迫られたが、彼女たちは再び誇りを取った。私にはこの選択は、やはり「子供」だからできるものだと思える。

大人は自分のことで精一杯だ。特にブルーアーカイブの大人、即ちゲマトリアはそう描写されている。黒服は自らの知的好奇心を満たすことしか考えておらず、ベアトリーチェはアリウスの子たちを自分に利用されるものだとしか考えておらず、地下生活者はゲームとしか考えていない。

RABBIT小隊の生活には儚さが溢れている。彼女たちの生活はいつ終わってもおかしくない。台風や洪水のような天災に見舞われるかもしれないし、夏の暑さに負けるかもしれず、冬の寒さ、風の冷たさに負けるかもしれない。廃棄弁当もいつ無くなるかわからない不安定なものだ。RABBIT小隊の生活基盤は極めて脆弱だ。しかしだからといって彼女たちの生活に悲壮感が溢れているわけではない。むしろその困難を楽しんでいるようにも思える。脆弱な基盤と、その上に立つ彼女たちのささやかな幸せを讃える生活。私はここに「儚さ」の美学、ひいてはキヴォトスそのもののあり方を見出す。

彼女たちの生活は、キヴォトスのあり方そのものだ。彼女たちの生活は極めて脆弱な基盤の上に成り立っている。キヴォトスもそうだ。キヴォトス世界は絶えず侵略してくる外敵に晒され、さらにその内部にも無数の爆弾を抱えている。キヴォトス世界そのものの存在がまるで脆弱で、いつか終わることが約束されているもののように思える。しかしだからといって、キヴォトスで生活する生徒たちに悲壮感があるわけではない。むしろ各々が各々の青春を過ごしている。放課後スイーツ部のように健全な(?)青春を過ごしている子たちもいれば、アリウスのように死と破滅に満ちた青春を過ごしている子もいる。

思うに、青春とは労苦と欠点であると思う。ミヤコは内気でスマホ依存だし、ミユはネガティブ思考、サキは教科書人間で、モエは破滅志向。彼女たちが大人になったところを想像すると、きっとこれらの欠点を克服しているだろうと思う。大人になるとは、欠点を克服することなのかもしれないと思う。

大人になった彼女たちは、当時の生活のことをどう思い返すのだろうか。きっと「あの頃は大変だったね」と笑って思い返すのだろう。当時はどんなに大変でも、思い返せばいい思い出になる。喉元過ぎれば熱さを忘れる。

「いい思い出」は、青春の条件の一つだと思う。あとから思い返して「あの頃はよかった」と思い返せることは青春が青春たりえる必要条件だと思う。逆に言えば「あれに意味はなかった」、「あれは思い返したくない」と思ってしまうような出来事は青春たりえない。RABBIT小隊に置き換えて考えてみれば、もし誇りよりも生活を取って、テロリストとしての活動を完遂していれば、それはいい思い出になり得ただろうか。

だが、その出来事がいい思い出になるかどうかは、常に事後的にしかわからない。いい思い出になるまで時間がかかることもある。いわゆる黒歴史は、自分の中で消化しきれていないうちはいい出来事にならない。だから、今過ごしているものが青春かどうかは、常に事後的にしかわからない。青春を過ごしている者が、それが青春であると気づくのは困難だし、果たして青春に気づいたとしても、それの真の価値を推し量るのはほとんど不可能だろう。

外から眺めている大人は青春を推し量ることができる。自分自身が一度通った道だからだ。彼女たちの労苦を推し量り、将来彼女たちがそれを振り返った時にどう思うかを想像することができる。自分自身が一度やったことがあるからだ。RABBIT小隊の抱えている苦難と、それを仲間と協力して乗り越える達成感は、彼女たち自身が感じているものではあるが、それの価値を彼女たちが自覚しているわけではない。それの価値がわかるのは事後的だ。労苦が終わって初めてわかるものだ。

青春はそれが青春と感じることができない。全ては終わってから「あれは青春だった」と事後的に感じるものだ。思うに、青春とは現在に全力を尽くすもの、没入するものなのだ。没入しているから、それの価値も意味もその時にはわからない。自分自身を客観視するだけのキャパが足りないのかもしれない。しかもそれの価値はあとからついてくる。時間が過ぎれば過ぎるほど、自分自身が自分自身の人生に没入することができなくなればなるほど、青春の価値はどんどん上がっていく。

RABBIT小隊の青春は、自分たちの誇りを守るための戦いだ。先生は大人としての手助けをする。彼女たちがそれなりの生活ができるように、公園での野宿を許可する根回しをしたり、コンビニの廃棄弁当を手配したり、シャワーを貸したりする。洪水の時にはスコップも握る。しかしその程度だ。彼女たちのためにSRTを再興させたり、家を用意したり、ポストを用意したりはしない。彼女たちが彼女たち自身の戦いを「楽しめる」ように、彼女たちが青春を送れるように舞台を整え、そして見守る。それが大人としての「青春を守る」あり方だ。

RABBIT小隊は公園での野宿者で災害にも弱い社会的弱者であるが、一方で戦闘においては圧倒的強者でもある。FOX小隊を制圧した実績を持ち、最終章でも先生が最初に頼ったのはRABBIT小隊だった。

しかし思い返せば、序盤のRABBIT小隊はチームワークも悪く、各々の欠点、即ちミヤコは優柔不断で、サキは教科書人間、モエは全武器使い果たして、ミユはネガティブ思考が目立っていた。それが頼れるようになったのは、彼女たちが大人に近づいたからなのだろうか。

青春を通して、彼女たちが成長したからなのだろうか。

思うに、「成長」も青春の必要条件の一つだ。青春の前と後とで成長していなければ、少なくとも変化していなければ、それは青春とは呼べないのではないか。青春とは常にあとから思い返すものだが、それを思い返して「あれはいい思い出だ」と言えるのは、当時の自分が未熟だったからなのではないかと思う。過去の自分が過去の自分であるのは、現在の自分とは別の物だからだと思う。人間は連続的に変化していくもので、どこからが別の自分だと区切るのは難しいことだが、少なくとも青春していた自分と今の自分とは、別物であると思う。もし青春していたころの自分と今の自分とで変化がないならば、それは自分が成長していないこととなり、青春をあとから見返しても、そこにいるのは今の自分となるからだ。

青春にいる自分は、今の自分とは違う自分だ。自分自身の青春を思い返して、「あの頃は若かった」と感じるのは、自分自身が変化しているからだ。「あの頃は若かった」と感じる分、今の自分は年老いている。年老いた分の変化がいい方向なのか悪い方向なのかはわからないが、少なくとも青春していた自分とは別の人間になっている。青春を通して成長したのか、ただ時間によって自然に変わったのかはわからない。しかし青春はその人を成長させるものであるとも思う。

青春に失敗はつきものだ。むしろ失敗こそが青春だ。そして失敗が人を成長させる。

青春にいる自分は、常に未熟で未完成だ。彼女たちについて考えれば、彼女たちの野宿生活は失敗にまみれている。食料も十分に調達できず、テントは雨風に飛ばされ、誇りを守るどころか生活すらままならず、一度は諦めかけた。FOX小隊の軍門に下り、一度は誇りを諦めた。しかし最終的には誇りを守ることを選び取り、そして勝ち取った。

青春に失敗はつきものだが、何も得るものがなければ、それはただの失敗の思い出となってしまう。ただの失敗の思い出は「あれに意味はなかった」、「あれは思い返したくない」と思ってしまうような出来事だ。それは青春たり得ない。失敗を糧に成長した、それを踏まえて成功に導いたと思えなければ、それは青春たり得ないのではないか。

ブルーアーカイブは青春の物語だ。失敗で終わることは許されない。失敗で終わればそれは青春とは呼べないからだ。必ずハッピーエンドで終わらなければならない。青春の時間は苦難に満ちながらも幸せでなければならないからだ。何かを犠牲にしてはならない。青春は思い出したくない記憶になってはならないからだ。

RABBIT小隊の青春は、誇りを守る戦いだ。彼女たちの日常が戦いそのものだ。雨風を凌ぐためにテントを張ったり、戦闘に備えて土嚢を積んだり、ドラム缶を風呂代わりにしたり、野草を集めてカレーを作ったりする、彼女たちの日常の失敗と成功が戦いそのものだ。彼女たちは決して負けてはならない。誇りは時に命より重い。誇りを守る戦いに敗北すれば、それはいい思い出に決してなり得ない。

RABBIT小隊の青春は脆弱だ。だから先生は大人としてそれを支える。しかし青春までを奪うことはしない。この構図がブルーアーカイブにおける「大人として生徒を支える」行為だ。RABBIT小隊の、吹けば飛ぶような青春を、ロウソクの火を手で囲うように支える。それが「大人」のあり方だ。

だからといって、大人に依存しているわけではない。むしろ先生は裏方に徹しているというか、できるだけ存在感を出さないようにしているというか、そういったものを感じる。

 

Usagi Flapについては、うさぎのように小気味のいい疾走感と、どこか物寂しいこの曲がRABBIT小隊らしくて好きだ。RABBIT小隊の青春と、彼女たちがまとう儚さを表現しているように感じる。

 

RABBIT小隊の誇りを守る青春、その生活の脆弱さ、いつ終わってもおかしくない儚さ、そして強さと強かさが僕は好きだ。

オタク、初めてライブに行く

昨日ヨルシカのライブに行ってきたので、その感想とか、自分が感じたものとか、そういうものを出力しようと思う。

自分とヨルシカとの歴史は結構深くて、2014年くらいのボカロ時代の頃から知っていた。ただ当時の自分はkemuに深入りしてた時期で、n-bunaの曲で知ってるのはウミユリ海底譚と透明エレジー、いわゆる有名どころをちょこちょこっと知ってるくらいで、それほど思い入れのあるものではなかった。

2018年くらいかな、いや2019か。n-bunaを再発見したのは雲と幽霊が有名なアルバム「夏草が邪魔をする」。

これくらいから、自分はn-bunaの、ヨルシカの虜になったわけだ。

でも、ファンクラブに入ってたりとか、グッズを買ったりとかしたわけじゃなかった。そもそも自分は何かのファンにはならない性質なのだ。好きな曲書く人の、好きな曲を聴くだけの人。そもそもそこまで音楽に熱量があるわけじゃない。最近聴いているのはヨルシカと米津玄師とブルーアーカイブサウンドトラックだけだ。音楽が好きな人は「音楽で人生が変わった」とよく言うが、僕の人生は音楽で変わっていない。

別に音楽が嫌いなわけじゃない。音楽の授業は嫌いじゃなかった、いやむしろ好きだったし、小学校中学校のリコーダーも好きだったし、初めてのバイトで稼いだ金でキーボードを買うくらいには音楽は好きだ。

一時期にはクラシックに熱を上げていた頃もあった。クラシックの中でもバロック期の音楽は最高だ。バロックとは「派手」という意味で、それ以前の聖歌の時代から派手に発展した時期の音楽なのだが、この頃の派手さと荘厳さは一時期の僕の心を捉えた。古典派とロマン派は技巧に寄りすぎているように思えた。情景を思い浮かべさせようとしているような、なんというか聴いていて面白くなかった。だがいつかこれが好きに思える時も来るのだろう。

J-Popには興味がなかった。人は思春期に好きになった曲を一生好きになるという話があるが、自分が思春期の頃はJ-PopはAKBと嵐が席巻する暗黒期だった。当時にそれをそうと自覚していたわけではないが、無意識に感じ取ってボカロに逃げたのかもしれない。きっとそれが地続きでJ-Popに興味がないのだろう。いつからかボカロにも興味をなくしてしまったから、今は音楽に対する興味がないのだろう。

 

そこまでヨルシカにも音楽にも熱量があるわけでもない自分がライブにいくことにしたきっかけは、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会だ。

虹ヶ咲はラブライブの分派みたいなもんで、当然ラブライブなのでリアルライブもする。虹ヶ咲のオタクが口を揃えて「ライブは最高だ」「ライブは行ったほうがいい」と言っていたので、行ってきたのだ。気分は社会科見学だ。

虹ヶ咲じゃなくてヨルシカを選んだ理由は、僕の人生最初のライブはヨルシカがふさわしいと考えたからだ。嘘だ。日程がたまたま合っただけだ。申し込んだのは半年前、遥か昔、理由まで明確には覚えていない。

 

ライブにいく前はある意味恐れがあった。自分にとってヨルシカは自分だけのものだった。そこまで熱量を持って追いかけているわけでもないが、それでも自分にとってヨルシカは特別だ。人生最初の(そしてもしかしたら人生最後の)ライブにヨルシカを選ぶくらいには。自分にとっての特別、いわば自分だけの宝物が、本当はそうではなかったと暴露されるのではないか?そんなことを考えていた。

結論から言えば、その恐れは杞憂だった。ライブ前の物販には、確かにヨルシカのファンらしき人間がワラワラといた。しかしその心の奥底まで見えるわけじゃない。たぶん中にはヨルシカのライブを全部追いかけてますみたいな人や、インタビュー全部読んでますみたいな人、ヨルシカがテーマにした本は全部読んでますみたいな人もいるんだろう。でもそんなものが表面上に出るわけではない。それに気づいてからは人間が人間に見えなくなった。自分にとっては、彼らはただのNPCだ。たぶん彼らにとっての自分もそうなんだろう。

ライブ前の楽しみ方がわからず、ミーハーのふりをしてタオルを首に巻いた。ミーハーのふりをしてでかいポスター前の写真撮影に並んだ。ライブ前からライブを楽しんでいる。ライブが始まった時のことを想像しながらライブ前を楽しんでいる。あれだ、ジェットコースターの列に並んでいる時と同じだ。始まる前からライブのことを想像して楽しんで、終わった後もライブのことを思い出して楽しむ。ライブはライブだけのものを楽しむんじゃないらしいということは一つの学びだった。今もこれを書きながらライブのことを思い出して楽しんでいる。

ライブ前から苛立つのは、彼女連れとか2人で来ている奴とかだった。自分にとって音楽は、いや音楽に限らず本やアニメや映画などの作品は、自分と作品との対話だった。だから、そういうものを鑑賞するときは1人で見ることが多かった(友達が少ないのもあろう)。だからといって複数で鑑賞するのも嫌いじゃない。ただし気心の知れた相手限定だが。他人と一緒に見るのは嫌いだ。他人は自分のコントロール下にない。映画もあまり好きじゃない。他人に自分の鑑賞体験を邪魔されたくなかった。たぶん。陳腐な言葉にすればそうなんだろう。熱量が合わないとだめだ。

人混みは苦手だ。地方都市で育ったから慣れていないだけかもしれないが。人によっては人混みで紛れていると安心する人もいるらしいが、自分は人混みは酔ってしまう。

広い空間にいくらでもいる人を見ると疲れてしまう。少し狭いほうが好みだ。天井は高すぎないほうがいい。

もう一つ苛立つことがあった。物販でブックカバーが売り切れていなかったことだ。文学に揺籃されたと自称するn-bunaのライブで、ブックカバーが売り切れていないとは何事なのか、それでもお前たちはヨルシカのファンなのかと、そう思ったことを覚えている。それからは周りにいる人がニワカに見えて仕方なかった。むしろ自分がニワカなのに。バカみたいだ。この憤りは、帰宅時にはブックカバーが売り切れていたことでそれなりに救済された。ちゃんとわかってるファンもいるんだと思った。

もう一つのライブ前の思い出は、自分の前の席の女がヨルシカのファンとして最高だったことだ。その女は1人で来ていた。スーツを着ていて、短髪で、大きなメガネをかけていた。ヨルシカを好きそうな女を絵に描いたような女だった。彼女は上着を脱いでZENSEパーカーを着た。立派なカメラを用意して、会場とステージの写真を撮っていた。写真にこだわりがあるようで、シャッターを開きながらカメラを振ってステージの残像の写真を何枚か撮っていた。会場に入場してライブが始まるまで暇だったので、俺は会場のいくらでもいる、おそらく一万人はいるらしい人と、彼女とを見ていた。このヨルシカを好きそうな女を後ろから眺めているだけで、もうここまで来た甲斐があったと思った。

 

ライブが始まった。ペンライトは持ち込み禁止だ。平日は非常灯も消せるらしく、会場はまさに夜だ。足元灯だけが星空のように見えた。

ライブは朗読と演奏とが交互に続く。破局した男と女とが再会して話をする。よくある話だと思った。男は夢を見るらしい。前世の夢。輪廻転生。朗読はそれを聞いていると落ち着く気持ちになってくる。この陰鬱さは文学の世界に出てくる男のようにも見え、それがヨルシカらしい。

演奏は、大音量だ。思うに、ライブのライブたる所以の一つにその音量があると思う。後からスマホで確認すると90dBは余裕で超えて、一瞬は100dBを超えた時もあった。この大音量が魂に響くのだろう。これに体も動かすともう最高だ。suisは最初の挨拶で「音楽を体で楽しんでください」と言っていたが、体を動かすと心も楽しくなって俺の魂が喜ぶのを確かに感じる。これにやみつきになる気持ちもわかる。イヤホンやヘッドホンでは味わえない、体が震えるような感覚だ。

本人が会場にいるというのも良いものだと思った。ステージの中央で一万人以上を沸かせるのはきっと最高の気分だろう。俺はアーティストが羨ましいと思った。きっと俺が何を成しても一万人を沸かせることはできないだろう。

ライブは声出しOK、起立OK、手拍子OK。だがヨルシカのファンは内気で、陰キャで、斜に構えて、上品ぶって、厭世主義者だ。全員が後方彼氏面だ。俺には彼らにはライブに向かう熱量が足りないように見えた。立って見ているだけでライブが成り立つものか。中には皆が立っている中で座っているものもいた。まあ気持ちはわからなくもない。n-bunaの朗読は人を落ち着かせた。一方でライブは大音量で人を引っ張ろうとする。俺は自分の熱量をどっちに振ればいいのかわからなかった。俺も来る前は耽美に楽しもうと思っていた。そのために服装は地味なものを選んだのだった。黒のコートに紺のセーター、ベージュのパンツに黒のブーツ。俺の一番のお気に入りの服たちだった。手拍子も一万人いるとは思えないほど音が小さかった。腕を振る者もむしろ少数派だった。俺にはsuisの歌声が、観客を引っ張るために頑張っているようにも思えた。

立ち見でライブが成り立つものか。座って見ているだけでライブになるものか。俺はライブ中にそう思っていた。だから俺はライブを楽しんだ。たぶん自分の周りの8人よりは体を動かしたし、腕も振ったし、手拍子も大きかった。俺はそれを自覚していた。周りがおかしいのか自分がおかしいのか。たぶん自分がおかしいのだ、そう考えていた。これが俺の人生最初の(そしてもしかしたら人生最後の)ライブだったから、俺は舞い上がっていたのだ。俺の熱量は周りよりも大きかったのだ。浮いていたのだ。俺は俺自身が嫌悪する「テンションが合っていないやつ」になっていたのだ。

そうだ、俺は舞い上がっていたのだ。人生で最初のライブだから、一番好きなアーティストのライブだから、もしかしたら人生で最後のライブだから。当選した時からすぐにカレンダーに書き入れるくらいに、移動中はヨルシカの音楽をあえて聴かないくらいに、物販で散財するくらいに、彼女連れと後ろに並んでる奴の鼻歌に苛立つくらいに、ミーハーのフリをしてタオルを巻くくらいに、でかいポスターで写真撮影してもらうくらいに。

演奏は大音量でスピーディーな曲が多かった一方で朗読は耽美に進んでいた。この温度差で俺を含む観客はどっちに合わせたらいいのかわからなかった。いや、俺だけがわからなかった。

前の席の女は最高だった。周りに合わせて立つ時は立つが、手拍子はしない。手拍子はしないが、こっそりリズムは取っている。手がももを叩いている。朗読が始まって座ると手すりに頬をつく(俺と女は端の席だったので、ちょうど頬の高さに金属の手すりがあった)。朗読中に次の曲の仄めかしに反応する。俺はライブを見ながらもこのヨルシカのことを心から好きそうなこの女も見ていた。というかステージを見るとちょうど視界に入った。俺は彼女の真似をして手すりに頬をつけた。鉄の冷たさが頬に伝わった。静かで耽美な朗読劇と、金属の無機質な冷気が俺の心を落ち着かせた。劇中ではちょうど雨が降ってきたらしかった。

あの会場でただ俺だけがおかしかった。

だから人が集まるのは苦手だ。周りの雰囲気に合わせなければ浮いてしまう。浮いたやつを見るのも嫌だし、自分が浮くのも嫌だった。いや、別に自分が浮くのは構わなかった。そうでなければ自分がああであるはずがなかった。自己中心なだけだ。他人には大人しく周りに合わせるのを要求するくせに、自分は周りに合わせないのだ。そんな俺みたいな人間に群れは相応しくないのだ。

朗読と映像は続いていった。物語は最高潮に達した。皆が静まって物語を聞いていた。俺は物語の男と女のことを考えながら泣いていた。

物語が終わりライブが終わった。思い返せばヨルシカのライブはライブというよりも舞台劇のようだった。朗読と楽曲が交差する舞台劇。朗読の文脈で既存の楽曲に新たな意味が付け加えられるライブだった。それを噛み締めるのは心地よい体験だった。朗読は既存の楽曲に合わせて作られたようにも思えるし、そうでなかったようにも思える。文学的だった。文学的な耽美さがあった。ヨルシカの曲の特徴の一つに物語性があるが、朗読の物語に曲の物語が乗り、また曲の物語が朗読の物語を添木するようなライブはおそらく唯一無二だろう。このライブを鑑賞することができて本当によかった。

 

ライブが終わり、人が捌ける間、僕はInstrumentalが流れる大阪ホールで座っていた。僕はInstが好きだ。思うに、歌声は力が強すぎる。思考が歌詞に持って行かれて、他のことを考える余地がなくなってしまう。音楽を聴きながら考え事をするには歌がある曲は不向きだ。言葉の力は強い、というか言葉を処理する脳の領域はどうやら一つしかないようだ。聖徳太子は10人の言葉を一度に聞き分けたらしいが、彼は脳が10個あったに違いない。まあそれはそれとして、僕はヨルシカのInstが、落ち着いていて、きれいで、情景が思い浮かんで、それでいて音楽として聞いていて楽しくて好きだ。Instを聴きながら心を落ち着かせていた。心地よい音楽に身を浸していた。

30分くらい昂った心を落ち着かせていただろう。それから、会場を出て、電車に乗って、家に帰った。そして風呂に入って、その日は寝た。明日は昼からだ。

 

もしかしたら昨日のうちに何か書くべきだったかもしれない。一日寝てからだと、記憶は整理されて、再定義されて、その時感じたものとは全く別物に変質している。自分の都合がいいように改変されている。だから思い返すのは自分に都合のいいことばかりだ。ライブ会場のツイートを見返すとそんなにいいことばかりでもなかったみたいだ。

 

一日経った今振り返りをすると、総合的に見てライブは最高だった。会場での一体感や、憧れのアーティストを生で見る体験、自分たちがライブを作っているという感覚は他では味わえないものだったと思う。だがヨルシカのライブという特徴からテンションをどこまで上げていいのかわからなかった。たぶん僕はテンションを上げすぎた。次に行くライブは、次があればテンションの許容範囲が高いところにしようと思う。自分は自分が思っているよりアツくなる性質だったらしい。

周りの人については多分にガチャ要素だ。今回はまえのひとSSRだったから良かったが。だが周りの人にとっては僕はハズレだっただろう。まあいいさ。どうせ2度と会うことはない、single-servingの友達だ。

ライブは聞いていた前評判を超えて最高だった。一種の中毒になる人間が出るのもわかる。ライブの前から楽しくて、ライブの後もそれを思い返して楽しくなる。それをいつでも思い返せるアイテムでもあればもう最高だ。僕がこの先別のライブに行くかどうかはまだわからない。だが間違いのないことは、今この瞬間も昨日のライブを思い返して最高の気分に浸っているということだ。

 

ライブに関わった全ての人に感謝を

おわり